Kyomoto’

  出生
広島県の某病院。

生まれて3日後、看護婦さんにお風呂に入れてもらうが、看護婦さんが間違えて違う病室に私を連れていってしまう。

入れ替わった相手が男の子だったので、オシメ交換の際、間違いが発覚。

何とか無事に京本家3姉妹の3女となる。

P.S・・・以後その病院では足首にも名札を付けるようになったらしい・・・。
  幼稚園
行きは徒歩5分。

帰りは何故か20分。(その頃から既に好奇心の強い子供だったらしい。)
  小学校
自宅から徒歩20分。

ミツバチを捕まえて、その密を食べていた。(そのせいか、その後甘い人間になってしまう。)
  中学校
中学校は、小学校の隣。

一年生の時、身長が低く(今も低いが)制服を特注する。

近所のオバサンに「毎日しっかり食べてる?」と心配された。
  高校

自転車で35分+172段の階段を登った山の上。

お腹の空いたある日、1人で夕食を早く食べた。
焼肉だった。

母 「あれ? お肉は?」
私 「えっ? 全部食べたよ。」
母 「えっ?」

家族全員分(7人分)のお肉だった。

食べ過ぎて気持ちが悪くなり、2時間以上動けなくなった。(天罰だったのか?)

  就職
某都市銀行のレディとなる。(花のOL時代の開幕。)

手形制作機のパスワードを偶然入力。データを破壊。

「こんな偶然は絶対あり得ない。」、と業者はビックリ、上司はまっ青。

居てもなにも出来ない私は、昼食に行く。
  
  就職3年目 & 上京
手に職を付けようと思い、ガラス工房、陶芸家を訪ねるが、何故かパントマイム修行の為、広島から東京の青山ベルコモンズのスタジオに週1回(日曜日)1年間通う。

その後しばらくして、止める上司や同僚を振りきって、本格的にマイムを習う為に、7年間勤めた銀行を退職。上京。
今思えば「ただお江戸に行ってみたかった」のだと思う。

お江戸に行ければ何でも良かったのだ。

「マイムじゃなくても・・・。」
  パントマイム
上京後、東京の某マイム劇団に入団。

マイムで食べていけるようになりたいと思い、ヨーロッパにパフォーマンスの修行に行ってみた。

そこで、ジャグラーフェスティバルに参加。

初めてさわるクラブを持ってステージに立つ。

ジャグラーが全然出来ないので大受け。

「ジャパニーズ・チャップリン」と呼ばれる。

帰国後知り合いにその話をすると、

「チャレンジャー」と呼ばれた。

叉海外に行ってみたくなったので劇団を退団。

今度はオーストラリア、ニュージーランドに修行(?)に行く。

やってはいけないところでパフォーマンスをやって警官2人に捕まる。

私の心は

「オドロキ、桃の木、サンショの木」

海外はコワイので帰国。

東京でソロ活動開始。